装丁=名久井直子
マップ=冠木佐和子
河出文庫版264ページ、本体820円
アリス・レポート
発売中! 河出文庫版『不思議の国のアリス・完全読本』
アリスを読んでも読まなくてもこれを読もう!――谷川俊太郎
『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の本文と、
テニエルのイラストレーションを現地取材と資料の渉猟に基づいて
自在に、たのしく読み解きながら、エンターテイナーとしての
作者ルイス・キャロルの秘密に迫り、アリス・ファンタジーの
ほんとうの面白さをあますところなく書きつけた一冊!
世界初のワンダーランド・オリジナルマップ付き!
『不思議の国のアリス・完全読本』
『図説 不思議の国のアリス』
河出書房新社 127ページ
新装版『図説 不思議の国のアリス』(桑原茂夫著・河出書房新社)が増刷されました!
2007年初版発行の『図説 不思議の国のアリス』(河出書房新社)が新しい装いにつつまれて、あらためて刊行されました。
(主な内容)
●不思議の国のアリスの成立
エンターテイナー、ルイス・キャロルが本領を発揮したファンタジー
●地下の国こそ不思議の国
その時代はアンダーグランドこそが無限に広がる夢の世界だった。
●アリス・ファンタジーのキャラクター
突拍子もないキャラクターに見えるけれども、実際には想像力の届きやすい存在だった。
●アリスとキャロルと写真術
ルイス・キャロルは当時の最先端技術だった「写真術」の第一人者であり、著名な芸術家
や無名の少女たちをモデルにして、新しい「写真術」の世界を切り開いたひとだった。
【映画パンフレット】
アリス イン ワンダーランド 時間の旅
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
映画『アリス・イン・ワンダーランド――時間の旅』のプログラムに執筆
第1作のプログラムでは、キャラクターの紹介などだったが、今回はこの映画の面白さなどを自由に書くように注文されて、よろこんで次の文章を執筆し掲載されました。そのポイントの部分を以下に公開します。
●原作をたのしむ刺激的なシーン満載の映画
この映画は、前作『アリス・イン・ワンダーランド』を踏まえながら、さらにテーマを絞り込んで中身を濃くするとともに、原作のアリス・ファンタジー(『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』)を、とことん自由にたのしもうとする、刺激的なシーン満載の、アリスファンにはこたえられない作品だ。
冒頭のマラッカ海峡を乗り切るあらあらしい場面では、できっこないなどとあきらめることを、ぜったいに許さないアリスが、ほとんど奇跡的な曲芸としか思えない、イチかバチかの操船をしてみせてくれる。すでにここで、不可能を可能にする強い気持ちや、逆境に追い込まれてもへっちゃらでこれを乗り切る、豪胆さと勇気がアリスの持ち味であることを、さりげなくインプットしてくれるのである。
そして映画はそのアリスとともに、「時間」という、へたをするとややこしくなる哲学的テーマに大胆に挑んでゆく。これは原作のアリス・ファンタジーでも、作者のルイス・キャロルが、一読、かるく遊んでいるように見せながら、いろいろと趣向をこらして追求しているテーマであって、そこでは、時間に対する常識的な思い込みが、いとも簡単にひっくり返されてしまう。
そもそも、アリス・ファンタジーは、アリスの墜落から始まるのだけれど、これが「落ちる」というコトバの意味を根底から覆すような、ゆっくりした落下であって、瞬間的であるはずの時間を、気ままに引き延ばしている。アリス・ファンタジーは、はじめっから「時間」を自在に扱っているのである。『不思議の国のアリス』のハートの女王が法廷で、審理よりも判決が先と主張したり、『鏡の国のアリス』でも、白の女王が、牢屋に入るのが先で罪を犯すのはあとと言ったり、けっこう平気で時間の流れを逆転させたりしている。
また、ハッターや三月ウサギたちが催しているマッドティーパーティのシーンでは、アリスがおもわず「そんなばかなことで時間をつぶすなんて」と口に出して、ハッターに厳しくダメ出しされている。ハッターいわく、「時間」は生きものなのであって、つぶすなんてとんでもないこと、「時間さん」はITではなくHEなのだ。ハッターのこのとらえ方が、映画ではストレートに生かされ、ついに生きたキャラクターとして「タイム(時間)」が登場する。ルイス・キャロルもびっくり、といったところである。
●「時間の城」を管理するタイムというキャラクター
このタイムというキャラクターが管理している「時間の城」は、エキサイティングなアナザーワールドだ。そこには、宇宙の神羅万象すべてを支配している「万物の大時計」もある。文字通りの大時計だが、もちろん機械式の大時計だ。内部には大きな歯車が組み合わされ、巨大な針に時を刻ませている。画面に映し出されるこのマシーンは魅力的で、その迫力は圧倒的である。
このような時間の城を主舞台にしたこの映画は、いま広がりつつある「スチームパンク」という概念を体現しているかのようである。いや、そのようなあいまいな言い方はよそう。ずばり、この映画は「スチームパンクムービー」の傑作である。電子的な技術が支配的で、すべてがブラックボックスに収められがちな現代の、その先を見越した映画なのである。
ちなみにタイムを演じている、サシャ・バロン・コーエンは、ジョニー・デップがプロデューサーとして参加した映画『ヒューゴの不思議な発明』で、「万物の大時計」に似た、駅の大時計あたりを監視する公安官に扮していた。この大時計の中も、巨大な歯車が複雑に絡み合いながら動いていて、「万物の大時計」と似た雰囲気があり、サシャ・バロン・コーエンをとおしてイメージが重なり、わくわくさせられること、しばしばであった。
●いろいろなたのしみが味わえる
この映画では、タイムがいる城の中や、アリスが突っ走る大海、時間をさかのぼって現れる昔の街並み等々、CGをふくめた映像美術や衣装などの、奇抜さや美しさにも目を奪われることが多く、いろいろなたのしみ方を味わえるのも、アリスをテーマにした映画にふさわしい。もちろん前作『アリス・イン・ワンダーランド』から引き続き登場する、ダムとディー、チェシャネコなどのキャラクターのみならず、新たにハンプティ・ダンプティやチェスの駒たちも登場し、大いにたのしませてくれる。
ちなみに、アリスがチャイナドレスを着てパーティに出席し、好奇の眼で見られるシーンがあるけれど、写真術黎明期の名写真術師でもあったルイス・キャロルが、少女たちにチャイナ服を着せて! 何枚かドラマチックな写真を撮っていることとつながって見えて興味深い。ちょっとマニアックな、そんなたのしみまで用意してくれている、懐の深いアリス映画なのである。
ところで『不思議の国のアリス』はルイス・キャロルが、ボート遊びを楽しみながらアリス・リデル姉妹相手にアドリブで繰り広げた話がもとになっている。キャロルは周囲のようすをリアルタイムで取り入れ、聞き手の反応を見て次の一手を打つ、すぐれたエンターテイナーだったのだ。映画の時代が始まる直前にいなくなってしまったのは残念だが、キャロルをリスペクトする映画人が、このような映画をつくるのだから、キャロルも以て瞑すべし、といったところだろう。アリス・ファンタジーと長い間付き合ってきた筆者としても、うれしい限りであり、さらなる展開が期待できるのである。