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●桑原茂夫 個人誌「月あかり」

第4号発行:

◆【まえがき】から

15年前の『文藝別冊・澁澤龍彦特集』のなかで、リスペクトしてきた出版人・石井恭二さんが、サド裁判の意義に触れながら語っています――想像力を自縄自縛してはいかんということですよね。それはいまの時代でも同じですよ。これ以上考えてはいけない、これ以上考えたら自分が破滅してしまうといったような保身はいけない……自縄自縛というのは、実は無縄自縛なんですよ。縄も無いのに自分を縛る。強靭な、強烈な、あるいは凶暴でもいいから、そろそろそういう想像力が出てきてくれればいいんだけれど――と。自戒をこめてしっかり受け止めようと、あらためて思います。

◆【あとがき】から

ここにも忖度が――

コトバがひとに及ぼす力には、途轍もないものがある。五島列島で特攻基地の現場に足を踏み入れたときも、その思いを強くしたが、最近あらためて気になっているのは「教育勅語」のことである。いいこと書いてあるじゃないか、と肝腎カナメの語句をスルーして平気の平左、誤読を自慢するがごとき手合いのことではなく、コトバの力に鋭敏なはずの文学者や詩人たちが、自分の「教育勅語」体験をほとんど書き残していないことが不思議なのだ。ぼくの見落としなのだろうか。多くの若者たちが「特攻隊」を志願するほどまでに衝き動かされたコトバと、その教育現場でのありように、なぜ触れようとしてこなかったのだろうか。

最近になって作家の高橋源一郎さんが「教育勅語」現代語訳を発表して話題になったが、ぼくが率直に知りたいのは、どのように読んできて、どのように受容してきたか、あるいは拒絶してきたかなのだが、これってヘンテコな発想なのかしらん。「教育勅語」に先立つ「軍人勅諭」のほうは、戦の現場にも持ち込まれるコトバだけに、その具体的展開はなんとか想像できるが、それでもそのコトバを抉り出した作品は少ない。けっきょく、「教育勅語」も「軍人勅諭」も、そのコトバの主体たる「朕=天皇」に対して、明治時代からずーっと忖度されてきたということなのかな。

◆【CONTETS】

●1969どろどろの坩堝=麿赤兒と四谷シモンの対話(2017年6月9日、新宿)。

●オトーサンその3 帰ってはきたけれど

 ――戦地の血があふれ亡霊が顔を出す

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